小説
母の癌闘病・最悪な
最期の日々にした者達
近所3人の迷惑身勝手行動
私のため?誰のため?
『近所仲間のBオバサン』のページの中程で、
“けれど明らかにこのオバサンが『弔問を断った話』を知らない訳がないのは私にはわかっていた。なぜならその日までのその一年、このBオバサンの普段、周囲へ見せる態度と、私への態度が明らかに違い、異常だったからである。私はこのやり方に非常に傷ついていた。”
と記したが、こちらのページにもっと具体的な事を書き残しておこうと思う。
BオバサンはA親子と仲良くするためには、私と関わっているのを見られてはいけないらしい。
これから話すのは母が亡くなって、一年半くらいまでの出来事。
母が亡くなってから、たまにBオバサンが野菜、亡くなった両親にとプランターに咲いた花など頂いたことがあったけれど、A親子に私と関わっていることを知られたくないためか、
一度も家の呼び鈴(ピンポン)で呼ばれて、うちの玄関前で渡されたことなし。
道端で呼び止められて渡される。
どうやって私が外にいるのを知るのか…考えないようにしている。
それにその時、私に呼び掛ける声や話す声もA親子に気を遣うかのように(A親子は道路側の掃き出し窓辺にいつもいるらしく)、
明らかにコソコソの小声だったり、A親子の家の方をちらちらと何度も確認したりと、有難いけれど、とても引っ掛かる状況だった。
(考え過ぎと言われそうではあるが、このオバサン、人に物をあげる時、渡さない周りの近所の人にも聞こえる程の響き過ぎる大きな声なので、物を渡す場面を知られたくないのではないようで、ゆえに私の時にそんなわざとらしい小声はとても異常に思えた。)
それにBオバサン、A親子と朝昼晩のどの時も、大きな声で話したり、二階ベランダから道向う一階のA娘と話し込んだりしているので、決して外や道路で大きな声を出さないようにマナーにしているのではないことは明らかであった。←こんな嫌みったらしい書き方にどうしてもなる。)
何かあったらと連絡先を書いたメモ(母が亡くなってから二ヶ月半以降)もやはりポストに入れたことを後で二階ベランダから聞き取り辛い小声で教えてくるという周到振り。しかも笑顔で。
二階から小声って、もうよくわからない。それなら私の姿を見たときに降りてきて直接渡せばいいものを。後でわざわざ二階から声をかけるくいらいなら。
Bオバサンにも事情があると思うし、関係ない人なので責める気もないのだが、ただ正直、こちらの話も聞かないままで何やら厄介者扱いされているのが丸わかりなのでとても傷つく。しかもあの婆々サン絡みのこととなると。
最初は何かいただいたりするのは、気を遣ってもらっていてありがたいとは思っていたが。
そのうち、「こんなやり方をしてこの人自身が嫌と思わないのか」、「こんなされ方を私が嫌と感じていると思っていないのか」、
「私がそういう扱いをされて当然の存在と思っているのか」、等々こちらはどんどん精神的に病んでいった。
そしてあの日の「言ってもいいんかなぁあ、言ってもいいんかなぁあ。」の発言の件で、この人の腹のうちがわかったような気がした。
もちろん普通に私としゃべる時も時々ありはしたが、何というか、まさかのまるで、そんな時は逆に周りに話している内容が丸聞こえになる大きさで、その度私は心の中で、“ほら、こういう話の時では不必要なほど大きい声”とつぶやいていたものである。
そんな感じでこの人の小声での話し掛けは、際立って悪意の意図のように異常に思えて嫌悪しかなかった。